山座同定(さんざどうてい)と言う言葉があります。
一般社会では馴染みのない言葉ですが、登山の世界では、展望できる山の名称を地図(地形図)や方位磁針などの使用によって明らかとすることをそう呼びます。

山に登ると、高度が上がるに従って展望もより開けてきます。
登山の最大の楽しみは日常では得られない雄大な山岳展望にあると言っても過言ではありませんし、私が山に登る一番の動機も景色の素晴らしさです。

この写真は今年3月に登った筑波山から眺めた八ヶ岳です。
写真の彩度と明るさを調整して見やすくしていますが、筑波山の男体山の山頂で八ヶ岳を言い当てる人は私しかいませんでした。
私の眼が良く、遠くを見えるのもあるでしょうが、この右手には白く浅間山や赤城山も見えていました。

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このように、一つの山の頂に立って、そこから眺められる山々を正確に言い当てている人は稀です。
大勢であーでも無い、こーでも無いと間違った山名を言い合っているシーンをよく見かけます。
間違いを正すとリーダーの方の立場がなくなるので、普段は黙ってやり取りを聞いています。
しかし聞かれた時にはやんわりと正確な山名を教える事も多いです。

何故、多くの人が正確な山座同定をできないんでしょうか?

地形図の読図の本などに地図とプレート付のコンパスを使った山座同定の方法を記載しています。
言葉で簡単にその方法をまとめると

1 知りたい山にコンパスの長辺を向ける。
2 コンパスを向けた方向を変えないで磁石の針と可動式リングのNマークをあわせる。
3 磁北線に合わせるため、リングを時計回りに3~4目盛(6~8度)まわす。
4 地図の上にコンパスを乗せリング内に書かれている線と地図の南北の線をあわせる。
5 そのままコンパスを平行移動し長辺を現在位置(今立っている山頂)にあわせる。
6 地図の上にあるコンパスの長辺ラインの延長線上にある山が見えている山です。

となりますが、この方式で山頂で山座同定をしている方はほとんど見たことがありません。
概ね風の強い事が多い山頂で、この作業をやるのは結構至難の業ですし、そんな面倒な事をやるより早く食事をとってゆっくり休みたいでしょう。

現在は驚くことに地形図さえ持参していない登山者も多く、持っていてもネットからダウンロードしたGPSログで、GPSを活用して行動している方が多い印象です。
でもGPSの小さな液晶画面では区域を拡大すると概念図的な表示になってしまい、それで山座同定をするにはかなり難しい作業となります。

そんな訳で一般的には最も簡便な山の形(山容・山姿という)から山名を想定する方法を採っている方が大半なんです。
その山が特徴のある山容を有していれば、その山容を見るだけで山座同定することが容易ですが、多くの方は展望する方角によって山容が異なることで誤認してしまうらしいのです。


山仲間と登山をした時、展望が開けた所から多くの山を言い当てる私の特技を仲間はとても不思議がります。
その山座同定の方法は今までの登山の蓄積があった故に備わったものですが、実は大学時代に単独行で登っていた頃からその能力の一部は開花していました。
多分に空間認識能力や山名とその位置関係を記憶している事にに関わるものなので一般的には難しく、あまり参考にならないかもしれませんが、その方法を明かしていきます。


SONE式山座同定の方法

先ず第一に中学校時代から山岳書籍をよく読んでいました。
しかしそこに出てくる山の位置がちんぷんかんぷんでは面白味も半減しますので、町の名や山名の全てを地図で調べながら読んでいました。
山岳写真集や山渓などの雑誌も同様で、山を撮影した位置を地図で確認しながら見ていましたので、いろいろな山の位置関係がおのずと記憶されてきました。
例えば新田次郎著作の『孤高の人』では北アルプスに登った事がないのに、読み終わった時には北アルプスの山の位置関係と山名が全てつかめていました。

更に高校山岳部時代より地形図を眺めているのが大好きで、下手なガイドブックの数倍も情報量が多い地形図を読む楽しさにのめり込みました。
その頃から地形図を見ただけでその山が3D的な立体像で頭の中に浮かんできました。
地形図上のどの方向から眺めても山の形が把握できます。

そして車で山にアプローチする場合、ロードマップを熟読し、アプローチルートを記憶するようにしました。
その場合、登る山だけでなく、経路となる町やその周辺の山の位置関係までロードマップで把握する癖がつきました。
今はカーナビがガイドしてくれますが、カーナビに頼ると面でアプローチ経路が把握できなくなります。

もう一つ重要なのは、登る山の2万五千分の一地形図の他に、県別の広域地図を持参する事です。
これで近くの山だけでなく距離100km単位の山の位置がつかめます。
その時は先ず山の形から山名が分かる山を同定し、その前後左右にある山を順に追っていくことです。

ここで一番重要なのは北がどの方向かを把握したうえで同定を行うのが基本です。
GPSでもコンパスでもいいから、常に自分がどの方向に進んでいるか、目を向けているかを思い描いていることが必要です。
実は私の長い登山経験の中でコンパスを使用した事は数えるくらいしかありません。
地形図を頭に浮かべながら常に歩いているので、GPSを見なくても自分の現在位置がほとんどの場合把握できているんです。
雪山でホワイトアウトになった事も何度かありましたが、同じルートを帰る場合は、真っ白く広い山頂に着いた途端、ストックを自分が登ってきた方向に向ければ解決でした。
この空間認識能力は先天的な能力かもしれませんので、他の方には参考にもならないでしょうね。


そしてもう一つ言っておきたい件ですが、一足飛びに遠くの山に行かないことです。
私の登山は決して名山狙いではなく、一つの山頂から見える山々の内、自分が登っていない山をターゲットにする事で山のフィールドを広げてきました。
飛び地的な山狙いを行わず、じわじわと見える山の範囲で登る山域を拡大したことが幸いして、多少見る位置が変わっても、登った事のある山はほとんど言い当てる事ができます。

上記の方法は時間と手間がかかり過ぎるので難しいです。
でも一般的には最低限地図読みができ、旺文社のエアリアマップ程度は持参して、休憩したら現在地の確認と近くに見える山を確かめることが第一歩です。

写真はこの間登った裏那須から那須連峰を眺めたものです。(クリックで拡大)
一番目立つ茶臼岳を起点として左右の山の名前が分かると思います。

 
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もう少し遠くの山の同定ですが、できれば県別の広域地図を持参して、自分が分かる山を先ず確かめ、そこから目立った山の名を想定するだけでも山座同定の技術は広がっていくと思います。

写真は蔵王の熊野岳から北側の山並みを眺めました。(クリックで拡大)
雁戸山や台形の山容をした大東岳は比較的同定がしやすいです。
そこを起点に前後左右に連なる山々を地形図で位置関係を確認しながら見ると、少しずつ山の名前が当てられるようになると思います。
この場合は宮城県と山形県の県別地図を持参する必要があります。

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また帰宅後にパソコンに写真データを落として、そこから地図で調べるやり方でも楽しめます。

しかし超遠望の山名の同定は私のように徐々に登山範囲を広げている方法を採らないと、重畳と連なる山の位置関係がつかめないので非常に難しいと言えます。
そこで役に立つのがカシミールのカシバード機能です。
これは山名データや標高メッシュが入っていないと使えませんが、カシミールの解説本にはついていますので、是非使ってみてください。

超遠望と言えば有名な話があります。
かつての日本最高気温40.8度は山形市で昭和8年7月25日に記録されました。
その時に南西彼方に鹿島槍ヶ岳まで遠望されたと言われています。
実は以前の夏のある日、私も同じ光景に出会えました。
早朝、夜明け前に滝ノ小屋口を登りはじめ、外輪山の伏拝岳に2時間弱で到着。
そこで休憩して遥かに広がる展望を堪能していると、弧を描く日本海の海岸線の上に山並みが見えていました。
よく見ると妙高・火打まで確認でき、その背後に幻のように残雪を抱く連峰が薄く見えていました。
今にして思えばその連峰は北アルプスのようでした。

それを確認するのはカシバードで撮影するのが一番確実です。
カシバードで鳥海山の山頂から南西方向を超遠望したものを見ると、確かに北アルプスの山名が出ています。(クリックで拡大)

鳥海山
 
多少面倒ですが、登る予定の山頂から見た360度の風景をカシバードで撮影して印刷していけば、山名同定はほぼ完ぺきにできると思います。

皆さんも山頂に立って遠望が利いていたら、県別の地図を取り出して山名同定をしてみてはいかがでしょうか。より山の思い出が深くなると思いますよ。