晴れのウィークディ。休みが取れたのでJR仙山線の奥新川駅から奥新川岳に登ってきた。
三の沢から入山したが、若い頃にここを起点として駒新道を継続登山した思い出の場所である。
【 11/21 奥新川岳(854m) 宮城・二口山塊 】
奥新川駅~奥新川神社~三の沢入口~旧奥新川ハイキングコース分岐~藪尾根~778m峰~面白山林道~奥新川岳~778m峰への尾根分岐~旧奥新川ハイキングコースを下る~三の沢入口~奥新川神社~奥新川駅
冠雪の奥羽脊梁山脈を見たくなり、藪漕ぎはあるが、比較的短時間で上り下りできる奥新川岳を選んだ。
以前、二口渓谷の穴戸沢林道から面白山林道を経て登った事はあるが、現在は穴戸沢林道に車両進入禁止のゲートが設置されてしまい、片道8kmのアプローチが必要となる。
日の短い初冬の時期にはちょっと厳しい行程なので、距離的に短い奥新川駅からのピストンが現実的なチョイスである。
駅前から林道を西に歩いて行くと、正面に尖った山容の山が見えてくる。
この山は地形図には山名が標記されていないが、中面白山から東に派生した尾根末端の矢尽と呼ばれている山だ。

三の沢から入山したが、若い頃にここを起点として駒新道を継続登山した思い出の場所である。
【 11/21 奥新川岳(854m) 宮城・二口山塊 】
奥新川駅~奥新川神社~三の沢入口~旧奥新川ハイキングコース分岐~藪尾根~778m峰~面白山林道~奥新川岳~778m峰への尾根分岐~旧奥新川ハイキングコースを下る~三の沢入口~奥新川神社~奥新川駅
冠雪の奥羽脊梁山脈を見たくなり、藪漕ぎはあるが、比較的短時間で上り下りできる奥新川岳を選んだ。
以前、二口渓谷の穴戸沢林道から面白山林道を経て登った事はあるが、現在は穴戸沢林道に車両進入禁止のゲートが設置されてしまい、片道8kmのアプローチが必要となる。
日の短い初冬の時期にはちょっと厳しい行程なので、距離的に短い奥新川駅からのピストンが現実的なチョイスである。
駅前から林道を西に歩いて行くと、正面に尖った山容の山が見えてくる。
この山は地形図には山名が標記されていないが、中面白山から東に派生した尾根末端の矢尽と呼ばれている山だ。

仙山線の鉄橋を二度潜り、更に西進して行くと左手に奥新川神社が見えてくる。
奥新川の歴史は江戸時代に遡り、この地に開山されたと言われる銅鉱山の新川鉱山が開発の先駆けとなった。そして大正初期に秋保鉱山と名前が変わり、この界隈に小学校・病院・飲食店もある、戸数200戸、人口600人の新川集落が形成されたと言われる。
その後の1961年(昭和36年)には秋保鉱山閉山が閉山され、1960年代末には主に日本国有鉄道の職員が住む人口約300人の鉄道の集落になったが、現在は駅周辺人口は減少し続けたった三軒を残すのみとなり、、1985年(昭和60年)に奥新川駅は無人化された。
この小さな神社を見ると、かつての繁栄の姿を想像する事も適わない。

更に林道を奥に進んでいくと、左手に土木遺産に認定された、奥新川直流変電所跡が見えてくる。
ここは帰りに見学する事にして、少し先に進むと左手に線路に行く道が分岐する。
この分岐には山コース通行禁止の看板が設置されていた。
線路を少しだけ西に辿っていくと鉄橋があるが、この沢が奥新川岳の取り付きとなる三の沢である。
入口には何の表示もなく、藪がかかって道形が不鮮明であるが、少し奥に入ると顕著な道になり、正面に砂防堰堤が見えてくる。
一瞬堰堤の何処を登れば良いか迷うが、よく見ると左岸にジグザグに登る薄い踏み跡が確認できる。

私がこの道を登ったのは今から42年前。
当時、宮城のハイキングコース を紹介した小冊子が発行されていて(今は処分してしまい手元にない)、奥新川ハイキングコースの峰コースとして、三の沢を登り、八ッ森駅まで周回するコースが紹介されていた。
まだ本格的な登山を始める前で、小さなナップザックにお弁当と水筒を入れ、一丁前に地形図を携えて遊人のS君と登ったが、登山道を登りつめると突然建設中の林道がでてきて面食らった事を今でも思い出す。
この林道で道が消失してしまい、作業をしていた方に詳しく道を聞いてみると、林道を下っていくと左手に駒新道が分岐するので、その道を辿れば八ッ森駅に出られると教えてくれた。
この山歩きで初めてブナハリタケを採ったのが一番の思い出である。
駒新道が面白山仮乗車場(面白山駅)まで伸びているのを作業員の方から伺っていたので、どうしても残りの行程を歩いてみたくなった。
それから6年後に、 今度は単独で奥新川駅から再び三の沢を登り、面白山林道に出て、県境の奥新川峠を越えて面白山仮乗車場まで延々歩いたのである。
当時の駒新道は道形もはっきりして歩き易かったが、奥新川峠付近だけ深い笹薮漕ぎを強いられた記憶がある。
杉の植林地をジグザグに登っていくと、道が二手に分かれる。
直進するのは地形図にある昔からの峰コースで、右手に鋭角に分岐するのは四の沢方面に周回する山コースだ。
昔のコースは上部が完全に藪に埋まっているという事前情報を得ていたので、藪漕ぎの苦労が少ない右手のコースに入る。
尾根に乗り上げたところで道は右の斜面に斜降して行くが、この道は途中で崩落しているらしい。
四の沢には秋保鉱山の坑道やズリ出し場などが残っているそうなので、何れ見に行きたいと思っているが、なかなか実現しない。
道から離れて薄藪の尾根登っていく。
ときどき笹薮が濃くなるが、左右に逃げて登路を選べば酷い藪漕ぎは回避される。
登ってきた尾根を振り返る。

冬枯れのブナの森は明るい陽射しが差し込み、藪漕ぎも気分的に楽に感じる。

尾根が痩せたところで東側の展望が少しだけ広がった。
台形の山はヒグリ山。その左側に鎌倉山が見える。

778m峰への最後の登りは木に掴まりながらでないと登れないほどの急斜面。
山頂はヒメコマツとミズナラに囲まれてあまり展望は利かない。

山頂の西側を探ると面白山がばっちり見える場所を見つけた。
矢尽の右手奥が面白山の山頂。

778m峰から面白山林道までは獣道が随所に現れて歩きやすい。
こんな藪のない広々とした空間もある。

次のピークの手前から船形連峰が一望できた。

船形山のアップ。
標高1000mを越えた山々は完全に冬の様そうである。

このまま簡単に林道に抜けられると思っていたら、そうは問屋が卸さず、一か所アズマシャクナゲの密藪に引っかかってしまう。花期には見事な花園のなるであろうが、今は邪魔な藪でしかない。
小さな峰から一気に下ると鞍部に出るが、ここが従来の峰コースとの合流地点となる。
そこに赤テープがあったので、近年峰コースを辿った方がいたようだ。
帰りにそこを降りることに決めて少し登ると、見覚えのあるカーブミラーが現れた。
面白山林道に合流である。

奥新川岳へは林道の法面が低く、藪が薄い場所から藪漕ぎで山頂を目指す。
約15分程度の藪漕ぎになる。

登りの途中から振り返ると、辿ってきた778m峰が見えた。

早池峰クラブの黄色い山名板が設置された奥新川岳の山頂。

山頂からは南西側に大東岳が望める。

南側に2km離れた高倉山。
最初はこの山もピストンする予定であったが、面白山林道は藪化している感じだったので止めにした。

木々が邪魔をしてこれ以上の展望が得られないので、少し西側の伐採地まで下ってみた。
以前来た時より木々が伸びて展望は無くなっているが、場所を少しずつ変えて脊梁山脈の写真を撮る。
先ず二口山塊北端の雄峰:面白山の姿。

そこから視点を左に振ると、三角形の山容をした南面白山が見えてくる。

何と言っても至近距離から見る大東岳の迫力には圧倒される。
三本の岩のベルトはオビスを呼ばれ、この位置からだとその様子が分かりやすい。

山頂まで戻ってカップ麺とおにぎりの簡単な食事をとる。
風もほとんどなく穏やかな山頂だった。
帰路は昔辿った地形図上に破線の道が記載された峰コースを下る。
赤テープが途切れ途切れでてくるし、最初は道形も顕著で下り易い。
途中、円子山と大笠山が見える場所があった。

時々藪が濃く、踏み跡も分かりにくいところもでてきたが、ブナの森の中は快調に下れた。
この写真の中に道が存在するが、藪に慣れていないと分からない道だと思う。

しかしカラマツの植林地に入ると様相が一変する。
深い笹薮に進路を阻まれ、赤テープを見失い、一本の蔦が絡まった倒木のところで完全に道を外してしまった。
ここからしばらくは深い笹藪を泳ぐような行程が続く。
GPSと地形図は持参していたが、それを確認するのは最後の手段として、自分の山勘に頼って打開策を練った。
一旦道のない斜面をトラバースして尾根に出ると視界が開ける。
上部の急斜面に人が作った道があるはずもないので、下部に道が存在すると判断。
その尾根を一気に下っていくと、再び道に合流できた。
どうも倒木のあった付近からジグザグ下る道を見落としてしまい、藪を直進したのが間違いだったようだ。
ツタの繁茂する窪状の斜面を下る。
巨木が林立して原始の気に満ちた空間であった。

太いブナもあって思わず足を止めて見入る。

窪状の斜面は赤テープは随所にあるが、踏み跡はほとんどなく、勝手に歩きやすいところを下っていった。
最後に三の沢の左岸へ道が移ると、四の沢方面へ分岐する三叉路はすぐだった。
再び仙山線の線路まで戻ると山道はお終い。

往路で立ち寄らなかった旧奥新川直流変電所跡を見学する。

脇に施設の説明看板が設置されていたので、その内容を紹介したい。
『奥新川直流変電所は、国鉄として東北地方で初めての、電気鉄道用変電所である。
仙山線の作並・山寺間は奥羽山脈を貫く路線のため、長大トンネルと急こう配が避けられず。これを克服すべく国鉄は当該区間の電化を計画した。
仙山トンネルが難工事の末に開通し、昭和12年11月10日に仙山線が全線開通するとともに、東北地方で初めての直流電化区間が誕生した。
このようにして奥新川直流変電所は作並・山寺間へ電力を供給したが、昭和43年に仙山線全線が交流電化に切り替えられたことによってその使命を終えた。』
この変電所跡の傍に建物があり、そこには回転交流機が展示されているが、内部は鍵がかかっていて入れない。

尚、この変電所跡を含め、作並、山寺両駅の転車台(青葉区、山形市)、仙山隧道と同信号所(青葉区、山形市)、作並機関庫(青葉区)
がこの秋、土木学会により「世界に誇る日本の鉄道文化遺産」と評価して「選奨土木遺産」に認定された。
奥新川駅に戻ってくると、奥新川食堂のおかみさんと話をする機会を得た。
峰コースは旧宮城町の時代には毎年整備の手が入っていたらしい。
しかし仙台市に合併されてから奥新川ハイキングコースを含めて整備状態が悪くなったと嘆いていた。
今回、登った奥新川岳なんて、二口山塊の展望地なので、道を整備すれば沢山の登山者が登ると思われるが、駒新道を含めて整備予算を取って欲しいものである。
駅前からは鋭峰の778m峰がシルエットで望めた。

この地は標高280m。
イロハモミジだけが紅葉の名残をとどめていた。

GPS軌跡です。

動画です。
奥新川の歴史は江戸時代に遡り、この地に開山されたと言われる銅鉱山の新川鉱山が開発の先駆けとなった。そして大正初期に秋保鉱山と名前が変わり、この界隈に小学校・病院・飲食店もある、戸数200戸、人口600人の新川集落が形成されたと言われる。
その後の1961年(昭和36年)には秋保鉱山閉山が閉山され、1960年代末には主に日本国有鉄道の職員が住む人口約300人の鉄道の集落になったが、現在は駅周辺人口は減少し続けたった三軒を残すのみとなり、、1985年(昭和60年)に奥新川駅は無人化された。
この小さな神社を見ると、かつての繁栄の姿を想像する事も適わない。

更に林道を奥に進んでいくと、左手に土木遺産に認定された、奥新川直流変電所跡が見えてくる。
ここは帰りに見学する事にして、少し先に進むと左手に線路に行く道が分岐する。
この分岐には山コース通行禁止の看板が設置されていた。
線路を少しだけ西に辿っていくと鉄橋があるが、この沢が奥新川岳の取り付きとなる三の沢である。
入口には何の表示もなく、藪がかかって道形が不鮮明であるが、少し奥に入ると顕著な道になり、正面に砂防堰堤が見えてくる。
一瞬堰堤の何処を登れば良いか迷うが、よく見ると左岸にジグザグに登る薄い踏み跡が確認できる。

私がこの道を登ったのは今から42年前。
当時、宮城のハイキングコース を紹介した小冊子が発行されていて(今は処分してしまい手元にない)、奥新川ハイキングコースの峰コースとして、三の沢を登り、八ッ森駅まで周回するコースが紹介されていた。
まだ本格的な登山を始める前で、小さなナップザックにお弁当と水筒を入れ、一丁前に地形図を携えて遊人のS君と登ったが、登山道を登りつめると突然建設中の林道がでてきて面食らった事を今でも思い出す。
この林道で道が消失してしまい、作業をしていた方に詳しく道を聞いてみると、林道を下っていくと左手に駒新道が分岐するので、その道を辿れば八ッ森駅に出られると教えてくれた。
この山歩きで初めてブナハリタケを採ったのが一番の思い出である。
駒新道が面白山仮乗車場(面白山駅)まで伸びているのを作業員の方から伺っていたので、どうしても残りの行程を歩いてみたくなった。
それから6年後に、 今度は単独で奥新川駅から再び三の沢を登り、面白山林道に出て、県境の奥新川峠を越えて面白山仮乗車場まで延々歩いたのである。
当時の駒新道は道形もはっきりして歩き易かったが、奥新川峠付近だけ深い笹薮漕ぎを強いられた記憶がある。
杉の植林地をジグザグに登っていくと、道が二手に分かれる。
直進するのは地形図にある昔からの峰コースで、右手に鋭角に分岐するのは四の沢方面に周回する山コースだ。
昔のコースは上部が完全に藪に埋まっているという事前情報を得ていたので、藪漕ぎの苦労が少ない右手のコースに入る。
尾根に乗り上げたところで道は右の斜面に斜降して行くが、この道は途中で崩落しているらしい。
四の沢には秋保鉱山の坑道やズリ出し場などが残っているそうなので、何れ見に行きたいと思っているが、なかなか実現しない。
道から離れて薄藪の尾根登っていく。
ときどき笹薮が濃くなるが、左右に逃げて登路を選べば酷い藪漕ぎは回避される。
登ってきた尾根を振り返る。

冬枯れのブナの森は明るい陽射しが差し込み、藪漕ぎも気分的に楽に感じる。

尾根が痩せたところで東側の展望が少しだけ広がった。
台形の山はヒグリ山。その左側に鎌倉山が見える。

778m峰への最後の登りは木に掴まりながらでないと登れないほどの急斜面。
山頂はヒメコマツとミズナラに囲まれてあまり展望は利かない。

山頂の西側を探ると面白山がばっちり見える場所を見つけた。
矢尽の右手奥が面白山の山頂。

778m峰から面白山林道までは獣道が随所に現れて歩きやすい。
こんな藪のない広々とした空間もある。

次のピークの手前から船形連峰が一望できた。

船形山のアップ。
標高1000mを越えた山々は完全に冬の様そうである。

このまま簡単に林道に抜けられると思っていたら、そうは問屋が卸さず、一か所アズマシャクナゲの密藪に引っかかってしまう。花期には見事な花園のなるであろうが、今は邪魔な藪でしかない。
小さな峰から一気に下ると鞍部に出るが、ここが従来の峰コースとの合流地点となる。
そこに赤テープがあったので、近年峰コースを辿った方がいたようだ。
帰りにそこを降りることに決めて少し登ると、見覚えのあるカーブミラーが現れた。
面白山林道に合流である。

奥新川岳へは林道の法面が低く、藪が薄い場所から藪漕ぎで山頂を目指す。
約15分程度の藪漕ぎになる。

登りの途中から振り返ると、辿ってきた778m峰が見えた。

早池峰クラブの黄色い山名板が設置された奥新川岳の山頂。

山頂からは南西側に大東岳が望める。

南側に2km離れた高倉山。
最初はこの山もピストンする予定であったが、面白山林道は藪化している感じだったので止めにした。

木々が邪魔をしてこれ以上の展望が得られないので、少し西側の伐採地まで下ってみた。
以前来た時より木々が伸びて展望は無くなっているが、場所を少しずつ変えて脊梁山脈の写真を撮る。
先ず二口山塊北端の雄峰:面白山の姿。

そこから視点を左に振ると、三角形の山容をした南面白山が見えてくる。

何と言っても至近距離から見る大東岳の迫力には圧倒される。
三本の岩のベルトはオビスを呼ばれ、この位置からだとその様子が分かりやすい。

山頂まで戻ってカップ麺とおにぎりの簡単な食事をとる。
風もほとんどなく穏やかな山頂だった。
帰路は昔辿った地形図上に破線の道が記載された峰コースを下る。
赤テープが途切れ途切れでてくるし、最初は道形も顕著で下り易い。
途中、円子山と大笠山が見える場所があった。

時々藪が濃く、踏み跡も分かりにくいところもでてきたが、ブナの森の中は快調に下れた。
この写真の中に道が存在するが、藪に慣れていないと分からない道だと思う。

しかしカラマツの植林地に入ると様相が一変する。
深い笹薮に進路を阻まれ、赤テープを見失い、一本の蔦が絡まった倒木のところで完全に道を外してしまった。
ここからしばらくは深い笹藪を泳ぐような行程が続く。
GPSと地形図は持参していたが、それを確認するのは最後の手段として、自分の山勘に頼って打開策を練った。
一旦道のない斜面をトラバースして尾根に出ると視界が開ける。
上部の急斜面に人が作った道があるはずもないので、下部に道が存在すると判断。
その尾根を一気に下っていくと、再び道に合流できた。
どうも倒木のあった付近からジグザグ下る道を見落としてしまい、藪を直進したのが間違いだったようだ。
ツタの繁茂する窪状の斜面を下る。
巨木が林立して原始の気に満ちた空間であった。

太いブナもあって思わず足を止めて見入る。

窪状の斜面は赤テープは随所にあるが、踏み跡はほとんどなく、勝手に歩きやすいところを下っていった。
最後に三の沢の左岸へ道が移ると、四の沢方面へ分岐する三叉路はすぐだった。
再び仙山線の線路まで戻ると山道はお終い。

往路で立ち寄らなかった旧奥新川直流変電所跡を見学する。

脇に施設の説明看板が設置されていたので、その内容を紹介したい。
『奥新川直流変電所は、国鉄として東北地方で初めての、電気鉄道用変電所である。
仙山線の作並・山寺間は奥羽山脈を貫く路線のため、長大トンネルと急こう配が避けられず。これを克服すべく国鉄は当該区間の電化を計画した。
仙山トンネルが難工事の末に開通し、昭和12年11月10日に仙山線が全線開通するとともに、東北地方で初めての直流電化区間が誕生した。
このようにして奥新川直流変電所は作並・山寺間へ電力を供給したが、昭和43年に仙山線全線が交流電化に切り替えられたことによってその使命を終えた。』
この変電所跡の傍に建物があり、そこには回転交流機が展示されているが、内部は鍵がかかっていて入れない。

尚、この変電所跡を含め、作並、山寺両駅の転車台(青葉区、山形市)、仙山隧道と同信号所(青葉区、山形市)、作並機関庫(青葉区)
がこの秋、土木学会により「世界に誇る日本の鉄道文化遺産」と評価して「選奨土木遺産」に認定された。
奥新川駅に戻ってくると、奥新川食堂のおかみさんと話をする機会を得た。
峰コースは旧宮城町の時代には毎年整備の手が入っていたらしい。
しかし仙台市に合併されてから奥新川ハイキングコースを含めて整備状態が悪くなったと嘆いていた。
今回、登った奥新川岳なんて、二口山塊の展望地なので、道を整備すれば沢山の登山者が登ると思われるが、駒新道を含めて整備予算を取って欲しいものである。
駅前からは鋭峰の778m峰がシルエットで望めた。

この地は標高280m。
イロハモミジだけが紅葉の名残をとどめていた。

GPS軌跡です。

動画です。
コメント
コメント一覧 (8)
奥新川岳山頂から面白山林道最後まで行き尾根を辿ろうかと…。
ここは秋保鉱山、駒新道とまだまだわくわくする山域ですね。
あのシャクナゲが満開だったら綺麗でしょうね。斜面一面にシャクナゲが生えていましたからね。
四の沢の鉱山跡は少し沢登りの要素があるようで、一度見に行きたいものです。
四の沢左岸尾根の末端って遊歩道に降り立つのでしょうかね?
778m峰の尾根の藪状態を考えると辿れない事もない感じがします。
整備されたら沢山の人が訪れて、昔日とまでは行かなくても随分と賑わうのではないでしょうか。
行政のスタンスの問題があるかもしれませんが、どこかの会が音頭取りすれば参加する山愛好者が集まるような気もします。
駒新道、小山田新道と歴史に触れられる良い山域ですね。
奥新川から登ると行程の6割程度は藪漕ぎになってしまいます。
山頂西側の伐採地を整理して、道をきちんと刈り払いしたならば人気の山になると思いますよ。
せめて駒新道だけでも毎年整備の手が入って欲しいものですね。
ポイントはジグザグ坂をすぎて倒木・シダ地帯から尾根にあげると錆びた古い判読不明の看板(奥新川駅へ45分?とかろうじてよめる。)そこからもう一段藪をかきわけて778mへ通じる尾根へあげました。体力的には林道歩きが長いが二口からの方が楽かな?それか残雪期四ノ沢秋保鉱山跡の尾根を上げ面白山林道終点あたりにぶつけた方が、早くいけるかも?
翌日に登られましたか。時間切れになったのは残念でしたね。
778m峰への登りはシダの繁茂した窪から右手に上がった方が早いと下山時に感じました。
778m峰から先は獣道が続くのでシャクナゲの群生地の箇所を除いて歩きやすかったです。
マロ7さんも言われる通り、四の沢方面から周回も面白そうですね。
あと、地形図に書いてある道は藪が濃いので入らない方が良いと思いました。
新緑の頃なら778m峰の尾根は歩きやすいと思います。
新川岳はどうも藪が濃いらしいので、やはり残雪期が一番登れる可能性の高い山だと思います。
冬場は車でアプローチできないのが問題ですね。
一度下見にいらっしゃいますか。林道までの尾根が登り易ければいいですね。
私も再挑戦したいのですが、車のアプローチを考えると、なかなか上手いタイミングが取りかねています。