11月最終の日曜日は山寺界隈のハイキングコース三か所を歩いてきた。
その内、山仲間のみいらさんのブログで知ったハイキングコースが二か所。
ほとんど里山歩きの世界なので、行く機会を逸していたのである。
しかし既登の遊仙峡と組み合わせて歩いてみると、なかなか歩き甲斐があり変化に富んだコースとなった。

【 11/30 天台のみち、遊仙峡、日陰袖山(424m) 山形・二口山塊 】
天台のみち:千手院観音・石鳥居前~千手院墓地~垂水不動尊~城岩七岩~修験場跡~胎内くぐり~峯の浦本院跡~山寺霊園~千手院観音・石鳥居前
遊仙峡:遊仙峡入口~遊仙窟~オーム岩~白簾の滝~高巻き~岩小屋~下山道経由:遊仙峡入口
日陰袖山:山寺芭蕉記念館。風雅の国駐車場~稲荷神社~象岩分岐~くぐり岩~馬口岩~展望岩~日陰袖山~展望岩~象岩~分岐~稲荷神社~山寺芭蕉記念館。風雅の国駐車場

夜半まで雨が降っていて空はどんより曇っている、雨で濡れた路面の中、自宅から車を走らせる。
宮城IC近くでご一緒するうめさんを乗せて関山峠を越え山形路に入る。
奥羽山脈は厚い雲に覆われていて、高い山では肌寒い状況であろう。

山形に入ると多少は日差しも差し込み、標高500m近い低山は見えていて、岩山中心の低山を歩くこの日の行程には支障がないと思われた。

朝8時ごろの山寺界隈は閑散としていて、歩行者も皆無で楽にお土産屋が並ぶ門前町を走行できた。

千手院観音の石鳥居がある路肩に駐車する。
ここは3台程度は駐車可能で、満車の場合は少し先に行くと駐車場があるらしい。

鳥居の前に『山形千手院歴史の散歩道』とタイトルのあるイラスト看板があり、東北自然歩道『新・奥の細道 やまでら天台の道』のルートが把握できる。
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(今回の記事は盛りだくさんの内容で、アップした写真の数も多くなっています。ダウンロードに時間がかかるかもしれません。)

 

石鳥居の石段を登ると仙山線の線路を跨ぐが、ここには踏切はない。
千手院観音は慈覚大師が山寺開山当時に建立した七院の一つと言われ、現在は最上三十三観音第二番札所として信仰を集めている。
訪れたこの日はちょうど冬ごもりの作業が行われていた。
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観音堂の右手の墓地を通り、杉林を登っていくと三叉路に出る。ここを右折すると垂水霊境と呼ばれる大きな岩壁が立ちふさがる。
角礫凝灰岩の岩場であるが、風蝕により無数の穴が空いていて、特に蜂の巣状の浸蝕は自然の造形の妙を感じさせてくれた。
鳥居のある岩棚の奥に稲荷神社が祀られていて、ここは神仏習合の世界であることが理解できる。
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稲荷神社の東側、岩壁に沿って少し登ると垂水霊境の中核をなす垂水不動尊がある。
チムニー状の岩場の中に小滝が滴り落ちていて、昔から雨乞いの場だったのであろうか?
一直線に伸びる杉の巨木が一層霊的なものを醸し出していた。
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このチムニー状の滝の上部に不動明王が祀られている。
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不動尊の右手には慈覚大師円仁が山寺開基の構想を練られたと伝わる『円仁宿跡』がある。
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垂水霊境の岩壁を西に戻ると、壁の洞に古峯神社が祀られていた。
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再び三叉路に戻り、そこを直進して少し登ると烏帽子岩が見えてくる。
この頂稜一帯は中世の山城を窺わせる曲輪らしき跡(馬場跡)が確認できるらしい。
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そこから落ち葉で滑り易い道を少し下ると城岩七岩(弓張岩、盾岩、鏡岩、猿岩、塩岩、砦岩、甲岩)の直ぐ上を辿る道になる。
特に弓張岩は眼下の千手院集落や紅葉川対岸の所部集落を見下ろせる景勝地と言われているが、朝霧が立ち込めて全然見えなかった。
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盾岩から西側に位置する鏡岩を見る。
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雑木林の穏やかな道を下っていくと・・・
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毘沙門天岩と男岩に囲まれた狭い岩間を通り抜ける。
その先は運動場の様な平らな広場となっていて、この場所は昔の修験場跡と呼ばれている。
修行僧は修験場を中心に比叡山方式の回峰行を模した修行を行っていたと言われている。
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広場を下がったところに、ちょっと分かりにくいが、胎内くぐり(産道)がある。
いろいろな山に胎内くぐりは数多くあるが、ここの胎内くぐりは狭さではトップクラスかもしれない。
3人とも無事通過できた(笑)
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胎内くぐりの少し下に峯の浦本院跡がある。
近年発掘調査が行われ、縄文時代後期から南北朝、室町時代、そして江戸時代末に至る永い時代に渡っての遺跡であることが実証された。
そして現在の宝珠山立石寺とは異なる一大寺院跡の存在が分かり、もう一つの山寺と言われる所以である。

山寺霊園の水子地蔵を見ながら下っていくと、門前町から千手院観音まで続く車道に出る。
この道を歩いて車に戻った。

この頃から朝霧が晴れてきたので、紅葉川対岸の所部集落まで車を走らせて、先ほど歩いた城岩七岩の姿を見に行く。
歩いている時は分からなかったが、城岩七岩の上部は正に古い山城を思わせる小山であった。
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次ぎに歩くのは奥山寺の遊仙峡である。
ここはマスさんが予てから行ってみたいと言っていたハイキングコースであるが、ハイキングと言う言葉とは異質のハイグレードハイキングを楽しめるエリアとなっている。
山形有数の観光地:山寺から馬形集落を経て二口峠方面に車を走らせる事10分。
途中で冬季道路閉鎖のゲートがあるが、ゲートの奥に地元の方の畑があるので通り抜けられる。
奥山寺キャンプ場への道を左折して遊仙峡入口に車を止めた。

遊仙峡は山形市が1961年に、岩小屋沢の渓谷を巡るハイキングコースを整備した時につけられた名称である。
コースの入口にはご覧の看板があるが、以前設置されていた滝などの名前の記した看板は現在ほとんど見いだせなくなっている。
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この日、遊歩道は冬季立ち入り禁止の看板があったが、冬場でも橋や鎖や梯子の撤去はされない事は分かっているので、自己責任で入山する。
但し、雪が積もったり、沢水が凍結した時は危なくてとても歩けるものではない。

最初は穏やかな沢筋を歩くが、橋を渡ったところから景色が一変して巨岩の積み重なるゴーロ帯の歩きとなる。
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こんな小さな滝が数えきれないほど現れて飽きさせない。
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前日からの雨の影響で沢はかなり増水している。
スパイク長靴の私とマスさんは問題ないが、登山靴のうめさんは何度も渡渉時に手を貸した。
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しかし何度歩いてみても、よくこんなハードな沢にハイキングコースを作ったと驚いてしまう。
巨岩を越すために取り付けた鉄梯子や鎖の整備は大変だったであろう。
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岩を越えるだけでなく、巨岩の下を潜り抜ける場所もある。
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でもこの沢一番の景勝地であった遊仙窟が崩落して通行不能になったのは残念であった。
以前二度歩いた経験があるが、巨大な洞窟の中を歩き、最後の明るい沢筋に出る魅惑の場所であった。
二度目は崩落直後で、無理して突っ込んでみたら、非常に際どい渕のへつりがあり、入水覚悟で通過した思い出がある。

左岸に標高差100mほどの岩壁が見えてくると、岩の祠は目立つオーム岩に着く。
何でオーム岩と呼ばれているのかは分からない。

この先に白簾の滝など、滝場が続く難所があることは分かっていたが、その手前で目を疑う光景を見てしまった。
滝の上段までパイプ橋を渡り、滝の落ち口を右に渡渉するところが、増水のために歩けない状況になっていたのだ。
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私一人で橋まで偵察のため降りていったが、流れが激しく滝身まで近づくことも無理。
渡渉箇所はおそらくスパイク長靴の中に水が入ってくるぐらい水量があるであろう。

このまま来た道を戻るのは危険なので、手前から右岸を高巻くことにした。
高巻きの場合は沢筋に戻るのが難しいが、運よく獣道を見つけ、落ち葉を全て落として滑落の危険を最小限にとどめて斜降して沢に戻れた。
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ここから先は少しの間、穏やかな流れの沢筋を進む。
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しかし一か所だけ最後の難所と言える鎖場のトラバースがあった。
何時もは左手の滝は落ちていない場所であるが、いかに増水していたかが分かる写真となっている。
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やがて右岸に高さ50mはありそうな大きな岩壁が見えてくる。
この下が遊歩道終点の岩小屋である。
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岩場の下が窪んだ岩小屋になっていて、ここで昼食をとる。
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この日もマスさんお手製のコグマのケーキと、煮リンゴをご馳走になる。
冷えた身体に暖かいコーヒーが美味しい。
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岩小屋から下山道を下る。
最初は岩壁から雨のように落ちる滝の裏側を通り抜ける。
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その先は足場が滑り易いトラバースの道が続く。
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キノコを探しながら歩いたが、キノコのキの字もない山道であった。
うめさんは渡渉の時、一度水の中に落ちたが、スパッツをしていたので靴の中まで濡れなかったそうな。
凄い、冒険的な山だったと喜んでいた。


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午後から登るのは日陰袖山である。
一般的には馬口岩(ばくちいわ)の名称で認知されている山であるが、遊歩道最上部の展望岩の更に上に登った山頂が日陰袖山(標高424m)と呼ばれている。

ここもやまでら天台の道のコースの一部で、山寺と紅葉川を挟んで対岸に位置する芭蕉記念館・風雅の国の駐車場左手から登る。
広い駐車場の奥に奇岩が散在した日陰袖山が見える。
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昔、芭蕉記念館・風雅の国の敷地には芭蕉園と言われた遊園地があった。
子供時代に山寺に両親と遊びにきたとき、子ども心に遊園地で遊びたかったのを覚えている。
その時は山寺の寺院群から麓まで一気に滑り降りる事ができる有料の滑り台が存在していたが、子供は禁止で父親が滑ってくるのを羨ましく見ていたものであった。

登山口の傍にジュウガツザクラであろうか、小さな花びらの桜が咲いていた。
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遊歩道の各所にご覧のイラスト看板が設置されていて、岩峰の位置関係とコースが把握できる。
その看板には馬口岩の名前の由来も書いてある。
 『馬口岩は、その大きな岩穴が馬の口のように見える事から、その名がついたと言われている。冬になると、この岩の周辺に巨大なボンダラ(つらら)ができ、大きな氷雪の山塊となる。そこでアイスヒルとも呼ばれている。
調べてみると、どうもアイスヒルと言う名称は後付のもので、馬口岩(ばくちいわ)の名前が博打を連想させるので付けた名前らしい。
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稲荷大明神がある稲荷岩を過ぎて登っていくと、途中で象岩への分岐を右に分かれる。
そこを左手の道に入ると、突き当りにくぐり岩がある。
鎖が設置されていて、足場もあり簡単に中に入れる。
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岩洞の中はこんな感じ。二人がいる抜け穴の奥に更に広い岩洞が続いている。
何か、マンションの大きなベランダを思わせる楽しい空間であった。
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くぐり岩の上部に抜けるチムニー状の鎖場を登る。
見た感じはとても登れる傾斜に思えないが、完全に足場が切ってあるので怖くない。

それよりくぐり岩の上から岩場をトラバースする箇所の方が、落ち葉が積もって危険であった。

恵比寿岩方面から馬口岩の写真を撮りたくて、二人に先行して馬口岩へ登ってもらう。
下から見上げるとかなり大きな岩峰であることが分かる。
馬の口に見える岩穴は何処か???
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馬口岩の頂は鉄柵があって、高度感抜群の展望台になっている。

何と言ってもここから眺める山寺は新鮮なアングルに感じた。
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ズームすると岩場に建てられた立石寺の寺院群が手に取るよう見える。
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北東側には面白山が見えるはずだが、残念ながら厚い雲の中。
写真付きの看板で左手の山が文殊山(779m)、その下の岩場が材木岩、そして中央の山が盛岡山(637m)と分かった。
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東には馬形集落の奥に、晴れていれば南面白山、小東岳、山王岳、糸岳と連なる二口山塊の山々が見えるが、どうもこの日はずっと雨が降っていたらしい。
道理で遊仙峡が増水していた理由がつかめた。
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マスさんは馬口岩の一段下の鉄柵まで下ってみたいと言うが、ロープなど持参しなかったので、その提案は却下した。

馬口岩から上部の展望岩まで遊歩道は続いている
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展望岩からは西側の展望が得られ、富士山形の大森山と天童の立谷川工業団地、そして山形盆地が見えていた。
晴れていれば朝日連峰や月山も見えるらしい。
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展望岩から日陰袖山の山頂までは踏み跡になるが、藪が薄いので簡単に登れる。
たどり着いた山頂にはTVの経調アンテナが建ち、足元には八角形のコンクリート製の井戸を思わせる穴が開いていた。
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帰路は馬口岩まで戻り、そこから左折して象岩の横を通る。
象岩はどこから見たら象の形に見えるのであろうか?

馬口岩の基部を通過すると、くぐり岩との分岐に出て、後は階段道を下って車に戻った。
下山後、改めて馬口岩を見上げてみると、どう見ても馬の口には見えず、ダースベイダーのように感じたのは私だけでなかった。
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結局雨にも降られず、冬の低山の面白さが凝縮したような山歩きの一日となった。
観光地の山寺とは一味違った、アナザーサイドの山寺を満喫できたと思う。 
今回の山は新緑の頃や、紅葉の頃に登ったほうがいいかもしれない。

今回はGPSの軌跡は取っていません。

動画です。