東北山岳写真集団・福島の写真展にお邪魔する前に、福島県伊達市と宮城県丸森町の県境に位置する雁形山(がんがたやま)に登ってきた。
【 雁形山(677m) 福島・阿武隈山地 】
清水観音堂~モミ林~県境稜線~スルス岩~雁形山~西山~武名峠~山の神分岐~清水峠~山の神分岐~武名峠~雁形山~見晴岩~清水観音堂
窓ノ倉山は笹ノ峠から登ったことがあるが、その北に位置する677m峰に雁形山という山名があるのを最近知って、機会があれば歩いてみたいと思っていた。
半田山から見た雁形山近辺の山の位置関係は下の写真の通り。
西山と武名峠の奥の山は手倉山。信達平野から望むと手倉山は県境稜線に隠れてしまう。
【 雁形山(677m) 福島・阿武隈山地 】
清水観音堂~モミ林~県境稜線~スルス岩~雁形山~西山~武名峠~山の神分岐~清水峠~山の神分岐~武名峠~雁形山~見晴岩~清水観音堂
窓ノ倉山は笹ノ峠から登ったことがあるが、その北に位置する677m峰に雁形山という山名があるのを最近知って、機会があれば歩いてみたいと思っていた。
半田山から見た雁形山近辺の山の位置関係は下の写真の通り。
西山と武名峠の奥の山は手倉山。信達平野から望むと手倉山は県境稜線に隠れてしまう。
造林地アプローチでカーナビの目的地設定せず適当に山勘で走行していたら、間違って尖社山の東側を抜けるダートの林道に入ってしまい、余計に時間がかかって登山口の清水(せいすい)観音堂に着いた。

清水寺の由来。

本堂の左奥にずらりと並んだ観音様。

清水寺の駐車場には立派なトイレがあり、その右手に雁形山のイラストマップが設置されている。
三浦弥平オリンピック山って何だ?

看板右上の部分をアップ。

帰宅後、三浦弥平オリンピック山の事を調べてみた。
結論から言うとオリンピック山という俗称の山はない。
三浦弥平は1891年に伊達郡白根村(現伊達市梁川町白根)に生まれ、早稲田大学競争部時代に第一回箱根駅伝で山登りの5区を任される。卒業後、1920年(大正9年)のオリンピック・アントワープ大会にNHK大河ドラマ「いだてん」のモデルになった金栗四三らとともにマラソン選手として出場した。
ドイツ留学後1928年(昭和3年)に帰郷すると、青少年の健全育成と体力づくりのため、県境を挟んだ宮城県丸森町筆甫の早稲田地区に、バンガローやスキー場、テニスコート、プールを備えたオリンピック村を建設。戦況の悪化で4年で閉村となった。その後も地域のスポーツ振興にご尽力されたという。
伊達市は平成23年に健幸都市を宣言し、平成24年に白根地区が中山間地モデル地区に選ばれた。そこで福島県初のオリンピアン三浦弥平氏の出身地としての特性を生かし、かつてオリンピック村を設置した雁形山の登山道整備を行った。
と言う経緯で登山道が整備された山だが、雁形山の直登ルートの入り口が良く分からないため、赤テープのマーキングに従って塩野川沿いに伸びる林道跡をたどる。清水観音堂と駐車場振り返る。
途中、林道跡が分岐し、そこに「←スルス峠」の道標があったので、左折してスルス峠方面へ進んだ。
しかし道は次第に藪っぽくなり、沢に至ったところで正規の登山道ではないと判断し、分岐まで引き返した。この看板は間違い易いので撤去したほうが良いと思う。

やがて沢の左岸にモミの木が多くみられるようになる。
登山口の看板にモミの原生林と記載された場所のようだ。

2019年10月の令和元年東日本台風により、福島県と宮城県に甚大な被害をもたらした爪痕がこの沢筋にも残っている。尾根に至る登山道の足場がとても狭く、一歩一歩慎重に足場を確認しながら登った。

登っている尾根も南側の尾根も、アカマツが立ちならんでいる。

県境稜線に到着。
窓ノ倉山方面は整備されていないが、北へ雁形山へ向かう道は刈り払いされていた。

スルス岩の看板を見つける。
とするとここがスルス峠か。西側へ下る道は存在しない。

おそらく高さ3mぐらいの、この岩がスルス岩であろう。
スルスをネットで調べてみたら磨臼(すりうす)が変化した言葉と出てきた。
籾をすって皮を取り除くために使う、上下二個の円筒形からなる臼は、このスルス岩の形そのものであった。

樹林越しに窓ノ倉山を見る。

雁形山の南側の640m峰から雁形山を望む。

雁形山の南斜面は明るい雑木林で、この日一番自然が保たれている場所だった。

雁形山の山頂は樹木に囲まれ展望は一切ない。
冷たい北西季節風が吹き抜け寒いので休まず北へ向かう。

雁形山山頂から北方の武名峠方面を示す標識。
ここから清水峠手前まで宮城県側はずっとヒノキの植林地が続いていた。

北へ下り始めるとオフロードバイクの深い轍が現れ、山歩きの楽しさが半減する。
何処から登山道に入り込んできたのであろうか?

県境を東へ約100mほど入り込んだ四等三角点:西山に立ち寄る。

東側がヒノキ、西側がアカマツの植生界沿いに赤テープを追って下っていくと、いつの間にかバイクの轍が無くなっていた。
少し藪がかかった道を北西にたどると金華山碑が立っている。

その先の岩場の上から展望が得られるかと下ってみたが、樹林越しに北側の風景が垣間見えるのみ。
以前はここから金華山が遥拝できたのかもしれない。

北へヒノキ林を下ると広いブル道に出て、再びオフロードバイクの轍が出現した。
武名峠の標柱が立っているが、福島県側へ下る道はない。
ブル道は宮城県側から登っていて、オフロードバイクもそちらから進入してきた模様。

県境に続く作業道を北上する。

山の神の標識が立っている場所から高田地区へ降りられるようだ。
この道を下ってしまうと車の回収が大変そうなので、今回は歩かない。

急に道が明るくなったと思ったら、東側が広範囲に伐採された場所に出た。
伐採後に低木が伸び始めていて展望は利かない。
途中から作業道を離れ、薄い藪を漕いで二等三角点の清水峠へ向かう。
木々の切れ間から夫婦岩が意外に近く見えている。
左奥の山は五社壇だ。


















清水寺の由来。

本堂の左奥にずらりと並んだ観音様。

清水寺の駐車場には立派なトイレがあり、その右手に雁形山のイラストマップが設置されている。
三浦弥平オリンピック山って何だ?

看板右上の部分をアップ。

帰宅後、三浦弥平オリンピック山の事を調べてみた。
結論から言うとオリンピック山という俗称の山はない。
三浦弥平は1891年に伊達郡白根村(現伊達市梁川町白根)に生まれ、早稲田大学競争部時代に第一回箱根駅伝で山登りの5区を任される。卒業後、1920年(大正9年)のオリンピック・アントワープ大会にNHK大河ドラマ「いだてん」のモデルになった金栗四三らとともにマラソン選手として出場した。
ドイツ留学後1928年(昭和3年)に帰郷すると、青少年の健全育成と体力づくりのため、県境を挟んだ宮城県丸森町筆甫の早稲田地区に、バンガローやスキー場、テニスコート、プールを備えたオリンピック村を建設。戦況の悪化で4年で閉村となった。その後も地域のスポーツ振興にご尽力されたという。
伊達市は平成23年に健幸都市を宣言し、平成24年に白根地区が中山間地モデル地区に選ばれた。そこで福島県初のオリンピアン三浦弥平氏の出身地としての特性を生かし、かつてオリンピック村を設置した雁形山の登山道整備を行った。
と言う経緯で登山道が整備された山だが、雁形山の直登ルートの入り口が良く分からないため、赤テープのマーキングに従って塩野川沿いに伸びる林道跡をたどる。清水観音堂と駐車場振り返る。

途中、林道跡が分岐し、そこに「←スルス峠」の道標があったので、左折してスルス峠方面へ進んだ。
しかし道は次第に藪っぽくなり、沢に至ったところで正規の登山道ではないと判断し、分岐まで引き返した。この看板は間違い易いので撤去したほうが良いと思う。

やがて沢の左岸にモミの木が多くみられるようになる。
登山口の看板にモミの原生林と記載された場所のようだ。

2019年10月の令和元年東日本台風により、福島県と宮城県に甚大な被害をもたらした爪痕がこの沢筋にも残っている。尾根に至る登山道の足場がとても狭く、一歩一歩慎重に足場を確認しながら登った。

登っている尾根も南側の尾根も、アカマツが立ちならんでいる。

県境稜線に到着。
窓ノ倉山方面は整備されていないが、北へ雁形山へ向かう道は刈り払いされていた。

スルス岩の看板を見つける。
とするとここがスルス峠か。西側へ下る道は存在しない。

おそらく高さ3mぐらいの、この岩がスルス岩であろう。
スルスをネットで調べてみたら磨臼(すりうす)が変化した言葉と出てきた。
籾をすって皮を取り除くために使う、上下二個の円筒形からなる臼は、このスルス岩の形そのものであった。

樹林越しに窓ノ倉山を見る。

雁形山の南側の640m峰から雁形山を望む。

雁形山の南斜面は明るい雑木林で、この日一番自然が保たれている場所だった。

雁形山の山頂は樹木に囲まれ展望は一切ない。
冷たい北西季節風が吹き抜け寒いので休まず北へ向かう。

雁形山山頂から北方の武名峠方面を示す標識。
ここから清水峠手前まで宮城県側はずっとヒノキの植林地が続いていた。

北へ下り始めるとオフロードバイクの深い轍が現れ、山歩きの楽しさが半減する。
何処から登山道に入り込んできたのであろうか?

県境を東へ約100mほど入り込んだ四等三角点:西山に立ち寄る。

東側がヒノキ、西側がアカマツの植生界沿いに赤テープを追って下っていくと、いつの間にかバイクの轍が無くなっていた。
少し藪がかかった道を北西にたどると金華山碑が立っている。

その先の岩場の上から展望が得られるかと下ってみたが、樹林越しに北側の風景が垣間見えるのみ。
以前はここから金華山が遥拝できたのかもしれない。

北へヒノキ林を下ると広いブル道に出て、再びオフロードバイクの轍が出現した。
武名峠の標柱が立っているが、福島県側へ下る道はない。
ブル道は宮城県側から登っていて、オフロードバイクもそちらから進入してきた模様。

県境に続く作業道を北上する。

山の神の標識が立っている場所から高田地区へ降りられるようだ。
この道を下ってしまうと車の回収が大変そうなので、今回は歩かない。

急に道が明るくなったと思ったら、東側が広範囲に伐採された場所に出た。
伐採後に低木が伸び始めていて展望は利かない。
途中から作業道を離れ、薄い藪を漕いで二等三角点の清水峠へ向かう。
木々の切れ間から夫婦岩が意外に近く見えている。
左奥の山は五社壇だ。

清水峠(568m)の三角点。

作業道をさらに北上すれば松坂峠まで行けそうだが、今回は時間がないので行かない。
歩いてきた道を再び雁形山まで戻る。
その途中、金華山碑の近くに蚕神碑があったはずだが、確認し忘れたので、また金華山碑へ戻ると、踏み跡的な道の左手の岩場の上に蚕神碑を発見した。
歩いてきた道を再び雁形山まで戻る。
その途中、金華山碑の近くに蚕神碑があったはずだが、確認し忘れたので、また金華山碑へ戻ると、踏み跡的な道の左手の岩場の上に蚕神碑を発見した。


雁形山山頂の南東部までいったん下り、そこで風を避けて昼食をとった。
梢越しに鹿狼山や岩岳も同定できた。
山頂から西へ見晴岩を目指して下る。
一応赤テープの目印はあるが、道の整備度は少し劣っている。
雁形山北西斜面の雑木林は伐採を免れて原生林が残されている。
梢越しに鹿狼山や岩岳も同定できた。
山頂から西へ見晴岩を目指して下る。
一応赤テープの目印はあるが、道の整備度は少し劣っている。
雁形山北西斜面の雑木林は伐採を免れて原生林が残されている。

アカマツの繁茂する小さなピークを越え、少し下ると岩場の上に出た。
南には古霊山が望める。
南には古霊山が望める。

幾重にもロープが張られ、見晴岩の上には立てない。
ロープに縋る感じで北西方向の南蔵王を望む。
ロープに縋る感じで北西方向の南蔵王を望む。

強い北西風にさらされているので、持参した望遠ズームレンズにレンズ交換をする気にならず、標準ズームレンズのまま撮影。
半田山と萬歳楽山、右には峠田岳が一望できる。
半田山と萬歳楽山、右には峠田岳が一望できる。

視線を左に振ると、栗子山塊の山々。
撮影時に気が付かなかったが、左奥に飯豊本山や飯森山も見えていた。
撮影時に気が付かなかったが、左奥に飯豊本山や飯森山も見えていた。

そして吾妻連峰と安達太良山。
福島市の信夫山や十万劫山も見えている。
ずっと展望のない樹林帯の歩きに終始していたので、見晴岩からの展望は爽快だった。
福島市の信夫山や十万劫山も見えている。
ずっと展望のない樹林帯の歩きに終始していたので、見晴岩からの展望は爽快だった。

しかし見晴岩は何処から下るのだろう。
右手から下れそうだが、そのルートが見当たらない。
すると唯一のルートは左のバンド状しかない。
そこを三点確保を心がけながら慎重に下る。
バンド状を振り返る。左側は絶壁だ。
右手から下れそうだが、そのルートが見当たらない。
すると唯一のルートは左のバンド状しかない。
そこを三点確保を心がけながら慎重に下る。
バンド状を振り返る。左側は絶壁だ。

ジグザグに何の目印もない岩場を下り、足場が良い場所から岩場を見上げる。
この日唯一の難所だった。この岩場は登りに使った方が安全だ。

急坂を下っていくと尾根上に岩が乗っている。
この山、下部は凝灰角礫岩だったが、上部は花崗岩と岩質が異なる。
この山、下部は凝灰角礫岩だったが、上部は花崗岩と岩質が異なる。

下山路となるアカマツの尾根は素直に棒尾根ではなく、途中左へ急斜面を降りる箇所があったりして複雑な感じ。赤テープを見落とさないように注意して下る。

最後は清水寺観音堂のどの地点に降りるのか、興味はその一点に絞られた。
登山口まで下り、トイレのすぐ右奥の標柱が立つ場所が登山口と下って初めて分かった。
登山口まで下り、トイレのすぐ右奥の標柱が立つ場所が登山口と下って初めて分かった。

帰路、一部凍結した林道をゆっくり走行し、中赤松地区に出る。
高田地区の橋の上から登ってきた雁形山(右奥、2つあるピークの左側)が見えていた。
高田地区の橋の上から登ってきた雁形山(右奥、2つあるピークの左側)が見えていた。

この山、造林地が多く、展望もあまり良くない山なので、ピークハント以外に登る価値は薄いと感じる。しかし自分としては未踏の県境稜線を歩けただけで十分満足できた。
尚、オリンピック村の形跡はいっさい残っていない。
GPS軌跡。
尚、オリンピック村の形跡はいっさい残っていない。
GPS軌跡。


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